5、卒業、 、 なんで?

くず

2011年01月15日 04:26

小学生生活もなかなか面白いものだった。

○○が好きだの、○○ぶっ飛ばしただの、どーの、こーの。

思えば4年生の頃、初恋と言うべきなのか、家が家具屋やってた、ETさんの事、なんか好きだった。
頭良くて、真面目で、スポーツ万能。

話しがしたくて、どうしようか考えたっけなぁ?

そういえば、四谷大塚だの、トウ杏学園だの、っていう感じで中学受験の話しが盛り上がっていて、その話しに混ざりたくて、親に進学塾に通わせてくれって言ったっけなぁ。

その為だけに勉強したけど、成績は良くなったが、結局ETさんとは緊張してあまり話せなかった。

途中まで、中学受験しようと思っていたが、止めて、普通に地元の中学に行こうと思っていた。

がしかし、何やら様子がおかしい。
小学6年の
ある日、母に連れられて、電車に乗り、O駅で降り、学校らしい建物に入った。
ん、受付?!
越境入学?

なんなのか?んー?

会議室のような部屋の前で待ち、名前が呼ばれた。

先生のような人がいて、母となにやら訳のわからない事を話している。

「通学は心配ありません、この子は電車には慣れていますので」と母。

そこで何と無くわかってきた。
自分の意思で中学受験はしないと、母とケンカしたが、そこでは親父が、
「こいつが受験はしないって言っているんだから、いいんじゃないか。」
と言ってくれたので助かったが。

まだ何か企んでいたのか!

とりあえず、黙って席に座り、終わるのを待っていた。

学校を出て、帰り道、「来年からここの中学に通う事になるから」と母がそう言った。

やはりな。

とりあえず、シカトを決め込んだ。

電車に乗り、母とは話しはしなかった。

「何故、地元の中学じゃダメなんだ!!」
私は家に帰って爆発した。
地元の中学は不良で有名だった。それに荒れに荒れて昔テレビに出たほどだった。
しかし、小学校の友達はみんなその中学に行くし、今までだって、危ない橋は渡ってきた。


「もう決まってるから」
と母。

私はふて寝した。

次の日は日曜日だった。
母とは顔も合わしたくなければ、話しもしたくない。
昼くらいになって、「ご飯よー」と母の声。

シカト。

しかし、昨日もふて寝して夕食も食べていない。

どうにも腹が減ってきた。
妹が、「食べないの?」

私は「うるせぇ、黙れ」

妹「じゃ、食べちゃうよ」
ぶっ飛ばしたい気分だったが、妹に当たってもしょうがない。

(ちくしょう)

あ、机の中にビックリマンチョコ開けてないやつがあったんだ!

あったのは1つ。

美味しかった。
しかし、イライラした。

とにかく寝よう。

夕方までなんとかドラゴンボールのマンガを見て凌いだ。
「バタン」扉の音だ。

(うちのババーと妹どっか行きやがったな)
やったぞ!

自分の部屋から出て冷蔵庫に。卵とご飯さえあれば、と冷蔵庫を開けると、、調味料や冷凍肉やら、すぐに食べられそうなものがない。
思わず、
「クソババアー」と叫んだ。
その後直ぐに意気消沈した。腹が減った。

「バタン」扉の音、

私は直ぐに部屋に戻った。
(あ、この足音は親父だ。)

とりあえず、ふて寝だ。

私の部屋の戸を開ける音、「おい、お前飯食ったか?寝てんのか?おー?」

「ん、食ってねーよ」

「じゃあ食いに行くか?」と親父。

(おー!待ってましたーその一言を)
と思いながらも不機嫌そうな顔をし続けた。

調子のいい奴だとは思われたくないからだ。

親父「そばでも食うか?」
「いつもだろ、俺はいつもうどんって言ってんだろ」と私。

結局、そば屋に行ってもうどんはあるが、大体いつもこんな台詞が二人の間で交わされる。

私はお腹一杯食べてやった。

と帰り道、
「お前、O中に行きたくないのか?
受験する訳じゃないんだし、言う通りにすれば?」と親父。

お腹一杯になったら、さっきまでの事なんかどうでも良くなってきた。
「そうだな」と言ってしまった。

母にはいつまでシカト決め込んだかは忘れたが、

小学校を卒業して、中学に上がった訳ですが、違う区の中学なんて一人も知ってる奴なんていないのが普通。

やっていけるのか?

まぁ幼稚園から小学校に上がった時も5人くらいしか友達いなかったし大丈夫かなーとは思っていた。